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神の摂理 225

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225 さて、これらから、人間は自然界の中で生きる間、霊的な事柄の知恵の中に、そしてまたそれらの愛の中に入れられることができること、このことが生じ、そして霊的である者と同様に単に自然的である者のもとでも生ずることができること、しかし、霊的である者はそれによって改心され、自然的である者は同じものによって改心されないという相違があることが明らかです。
これらの者のもとでもまた、知恵を愛するように見られることができます。しかし、姦淫する者が高貴な女を淫婦のように愛するようにしか、知恵を愛しません。すなわち、優しく話し、そして似合いの服を与えます、それでもその女について家で、自分自身では、卑しい娼婦としか考えず、自分の情欲にふさわしいので、その女に「ほんとうに〔愛している〕」と信じさせます。しかし、〔情欲に〕ふさわしくないなら、追い払います。
その内なる人はその姦淫する者であり、またその外なる人はその女です。