神の摂理 237
237 自分自身と自然を崇拝するすべての者は神的な摂理に反対して確信します。
(1)世の中にこれほど多くの不信心な者を、これほど多くの彼らの不信心を、また同時に、彼らに賛美が与えられ、それでもこのために神によりそれらの何らかの罰がないのを見るとき。
また、陰謀・欺き・策略が、敬虔な者・正しい者・誠実な者に対しても成功し、裁判や事業で不正が公正に勝ち誇るのを見るとき(さらに神的な摂理に反対して確信します)。
(2)特に、不信心な者が称賛される地位へ昇進し、そして高官や高位聖職者になり、さらにまた、富に満ちあふれ、そして、ぜいたくに、堂々として生き、逆に、神の崇拝者が軽蔑と貧困の中に生きるのを見るとき(確信します)。
(3)さらにまた、戦争が許され、その時、これほど多くの人間の死、これほど多くの都市・人々・家族の略奪を考えるとき(神的な摂理に反対して確信します)。
(4)そしてまた、勝利は、時々、正義ではなく、思慮分別する側にあり、統治者が正直であるかあるいは不正直であるにしても、何も生じないこと、加えて同様の他のもの〔を見て確信します〕。
〔それでも〕それらすべてのものは神的な摂理の法則にしたがった許しです。