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神の摂理 245

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245 (5)ソロモンに偶像崇拝の礼拝を制定することが許された
このことの理由は、全世界のすべての宗教的な事柄とともに、主の王国または教会を表象するためでした。なぜなら、イスラエルとユダヤの国民のもとに設立された教会は表象的な教会であったからです。それゆえ、その教会のすべての審判や法令は教会の霊的なものを表象しました。それらはその内なるものであって、民そのものは教会、王は主、ダビデは世の中に来るべき主、ソロモンはその方の来臨後の主を表象したのです。また(マタイ28:18で主が言われたように)ご自分の人間性を栄化された後の主には天と地に力を持たれたので、それゆえ、その方を表象するソロモンは、栄光と荘厳の中に見られ、地のすべての王にまさる知恵の中におり、そしてまた神殿を建設しました――そして、他にも多くの異教徒の礼拝を許し、設立し、それらによって世のいろいろな宗教的な事柄が表象されたのです。
同様のことが彼の妻たちによって意味され、それは数で七百であり、めかけ(そばめ)は数で三百でした(列王記 Ⅰ 11:3)。
みことばの中の「妻」は教会を、「めかけ」は宗教的な事柄を意味するからです。
これらから、なぜソロモンに神殿を建築することが許されたのかは、そのことによって主の神的人間性そしてまた教会が意味されたからであり(ヨハネ2:19, 21)、なおまた、彼に偶像崇拝の礼拝を設立することが許され、そしてこのように多くの妻をめとることが許されたことを明らかにすることができます。
みことばの多くの箇所で、ダビデによって世の中に来るべき主が意味されることが『新しいエルサレムの教え 主について』に見られます(43, 44番)。