神の摂理 246
246 (6)ソロモンの後、多くの王に神殿と教会の聖なるものを冒涜することが許された
このことは、民が教会を表象し、王は彼らの頭であったからです。イスラエルとユダの国民は、長期間、教会を表象することができなかったようなものであったので、というのは、心で偶像崇拝者であったから、それゆえ、表象的な礼拝から、教会のすべてのものをゆがめ、ついにそれらを破壊するまでも継続的に逸れました。
このことが王たちによる神殿の冒涜によって、また王たちの偶像崇拝によって、教会の荒廃そのものが、神殿そのものの破壊によって、イスラエルの民が連れ去られ、そして、ユダの民がバビロニアへ捕囚されることによってもまた表象されました。
これが〔許されたことの〕理由でした。また、何であれ、ある理由から起こることは、神的な摂理から、その法則の何らかのものにしたがって起こります。