神の摂理 247
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247 (7)主をはりつけにすることがその国民に許された
このことは、その国民のもとの教会は完全に破壊され、主を知らず、認めないだけでなく、その方に憎しみを抱くようにもなったからです――しかし、それでも、彼らがその方に行なったすべてのことは、その方の神的な摂理の法則にしたがっていました。
十字架の受難が最後の試練、すなわち、最後の闘争であり、それによって主は完全に地獄に勝ち、完全にご自分の人間性を栄化されたことは、『新しいエルサレムの教え 主について』の中に(12-14番)、また『新しいエルサレムの教え 信仰について』の中に見られます(34, 35番)。