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神の摂理 282

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282 主は、すべての人間のもとの理解力を癒すこと、したがって悪いことでなく善いことを考えるようにし、このことをいろいろな恐れ・奇跡・死者との会話によって、また幻と夢によっておできになりました。しかし、単に理解力を癒すことは、外面上だけで人間を癒すことです。というのは、理解力は彼の思考とともに人間の外なるいのちであり、そして意志は彼の情愛とともに彼の内なるいのちであるから。それゆえ、理解力だけの癒しは一時しのぎの治療であって、閉じ込められ、ふさがれた内的な有害なものが出てきて、最初は近くのもの、その後に遠くのもの、すべてのものが壊死するまで滅ぼします。
癒されなくてはならないものは意志そのものであり、その中へ理解力の流入によってではなく、それは存在しないからであり、理解力からの教えと刺激によってです。
もし、理解力だけが癒されるなら、人間は防腐処理のされた、すなわち、よい香りの芳香物や、バラでまわりをおおわれた死体のようなものとなるでしょう、そのうち、その死体からは鼻を近づけることができないような腐臭が出てきます。意志の中の悪の愛がふさがれたなら、理解力の中の天界の真理はこのようなものになるでしょう。