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神の摂理 289

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289 地獄の中のある者は、自分自身(のもの)からでもなく、しかし自分自身のまわりの他の者から、この他の者たちも自分自身(のもの)からでなく、しかしまた他の者から考えること、思考と情愛は社会から社会へ順序にしたがって進むこと、加えて、だれも自分自身(のもの)からとしか知らないことがしばしば示されました。
自分自身(のもの)から考え、意志することを自分自身に信じた者たちが、近くの者との伝達をさえぎられてある社会の中に送られました。そこもまた彼らの思考が広がる社会であって、その社会に留められました――その時、彼らに、その社会の霊たちが考えるのと異なって考えるように、そして彼らに反して考えることを自分自身に強いるよう言われました。しかし、彼らは、このことが不可能であったことを認めました。
[2]このことが多くの者に、ライプニッツにもなされ、彼もまただれも自分自身から、他の者も自分自身(のもの)から考えないで、しかし他の者から考えること、すべての者は天界からの流入から考えること、天界は主(のもの)からの流入から考えることを納得させられました。
ある者は、この事柄について熟考して、「このことは驚くべきことであり、まったく外観に反しているので、ほとんどだれもそのことを信じるように強いることはできないが、しかし、それでも十分に示されているので否定することはできない」と言いました。
しかし、それでもなお、驚嘆の中にいたとき、〔次のことを〕言いました、〔第一〕悪を考えることは、このように過失とならない。なおまた、〔第二〕このように、悪は主からであるように見られる。そしてまた、〔第三〕すべての者がこのように異なって考えるように、主だけが行なうことができることは理解できないこと。
しかし、これらの三つのことは続きの中で説明されます〔294番〕。