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聖書について100

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100 どのように主がみことばであられるか、理解している者はわずかです。というのは、主は確かにみことばによって人間を照らし、教えることができますが、それでも「ここから、みことばと呼ばれることはできない」と考えるからです。
しかし、それぞれの人間は自分自身の愛であり、ここから自分自身の善と自分自身の真理であることを知らなければなりません。人間は〔善と真理以外の〕別の源泉から人間ではありません、それらが彼のもとで何らかのものとなっていないなら人間ではありません。
人間は、自分自身が善と真理であることから人間であり、天使と霊たちも人間です。なぜなら、主から発出するすべての善と真理は、その形では人間であるからです――けれども、主は神的善と神的真理そのものであられます。したがって「人」そのものであられ、その「人」から、すべての人間は人間です。
すべての神的善と神的真理が、その形では「人間」であることは、著作『天界と地獄』(460番)を見てください。また、『天使の知恵』についての今後の論文の中で、明らかにされるでしょう。