最後の審判 31
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人間のもとの自然的ないのちは何も行ないません、彼の自然的ないのちの中の霊的ないのちが行ないます。自然的なものはそれ自体からではいのちを欠いているからです。その自然的なものの中に見られるいのちは人間の霊的ないのちからであり、このようにこれが裁かれ、さらにまた人間の霊的なものが「行為によって裁かれること」によって意味されることが、著作『天界と地獄』の中に見られ、そこの章「死後、人間は世で生活したように生きること」(470–484番)に書かれています。