主について 21
21 今日、多くの者が、主について、その方の人間性についてだけ考えて、同時に神性について考えないので、自分たちと同じような普通の人間のようにしか考えていません。そのとき、それでも神性とその方の人間性は分離されることができません。というのは、主は神と人であられるからです。そして、神と人は主の中で二つではなく、しかし霊魂と身体が一つの人間であるように一つの位格です。〔これは〕キリスト教界全体の中の教えにしたがって〔いて〕、それは教会会議のものからであり、アタナシウス信条(信仰の教え)と呼ばれます。
そこで、人間が今後、思考で、主の中の神性と人間性を分離しないように、どうぞ、前に示された「ルカ福音書」からのもの、なおまた「マタイ福音書」の次のものを読んでください——
イエス・キリストの出生はこのようである—— ヨセフと婚約したその方の母は、彼らが結ばれる前に、聖霊から子宮の中に〔子を〕持っているのが見つけられた。その婚約者ヨセフは、正しい〔者であり〕、彼女を〔だれかが〕中傷することを欲しなかったので、ひそかに彼女を離縁することを欲した。けれども、彼がこれらのことを考えていたとき、見よ、主の天使が夢の中で彼に現われて、言った、「ダビデの子ヨセフ、あなたはあなたの婚約者マリヤを受け入れることを恐れないように、なぜなら、彼女の中に生まれたものは、聖霊からであるからです。息子を産みますが、あなたはその方の名前をイエスと呼ばなければなりません。その方は……自分の民を彼らの罪から救います」。……夢から目覚めたヨセフは、主の天使が彼に命じたようにし、自分の婚約者を受け入れた。しかし、自分の長子を産む時まで彼女を〔性的に〕知らず、その方の名前をイエスと呼んだ」(1・18―25)。
これらから、また「ルカ福音書」に主の出生について書かれ前に提示されたものから、父エホバからみごもり、処女マリアから生まれた「神の子」がイエスであること、その方についてヨハネまでもすべての「預言者と律法」が預言したことが明らかです。