信仰について 3
3 しかし霊的なものまたは神学的なものはだれにも理解することができない、と一般に言われています、超自然的なものであるからです。
しかし霊的な真理は、自然的な真理のように、等しく理解されることができます。明らかではないにしても、それでも、聞かれる時、真理か真理でないか把握されます。これは、真理に情愛を感じる者のもとで特にそうです。
このことを、私は多くの経験から知ることが許されました。
私は、無知な者・不明瞭な者・愚鈍な者と、そしてまた、虚偽の中にいた者・悪の中にいた者、教会の内に生まれて、神について、信仰と仁愛について何らかのことを聞いた者と語ることが許されました。また、彼らと知恵のアルカナ(秘義)を語りました。彼らはすべてを理解し、認めました――それでも、その時、彼らは人間のだれにもある理解力の光の中に、同時に、知性のある者であるという名誉欲の中にいました。
しかしこれらのことは霊たちとの交際の中で〔私に起こったことです〕。
このことから私は多くのことを確信しました。霊的なものは、聞かれ、読まれる時に、自然的なものと等しく理解されることができます。しかしほとんどの場合、人間が自分自身から考えている時ではありません。
霊的なことが把握される理由は、人間は知性に関して、天界の光の中に揚げられることができ、その光の中では、信仰の真理である霊的なものしか見られないからです―― というのは、天界の光は霊的な光であるからです。