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神の摂理 39

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39 幸運の状態・至福・快さや楽しさは、一言でいうと、天界の幸福は言葉で述べられることができません、しかし、天界の中で感覚で知覚されることができます。というのは、感覚だけで知覚されるものは、思考の観念の中に、ここから言葉の中にも落ち込まないので述べられることができないから〔であり〕、理解力は見るだけであって、知恵または真理に属するものを見ますが、愛または善に属するものを見ないからです。それゆえ、それらの幸福は言い表わせないものです、しかし、それでも知恵とともに同様の段階に上昇します。
それらの変化は無限であり、それぞれのものは言語に絶します。
私はこのことを聞き、このことを知覚しました。
[2]しかし、それらの幸福は、人間が、あたかも自分自身からかのように、しかしそれでも、主から、悪と虚偽の欲望を除くかぎり、入ってきます。というのは、それらの幸福は善と真理の情愛の幸福であり、これらは悪と虚偽の愛の欲望に対立しているからです。
善と真理の愛の情愛の幸福は、主から、したがって最内部から始まり、ここから低いものへ、最外部まで広がり、そして天使の全体がいわば歓喜であるようにして、このように天使を満たします。
無限の変化とともにこのような幸福は、善と真理の情愛のそれぞれの中に、特に、知恵の情愛の中にあります。