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神の愛と知恵 115

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115 しかし、どのように主は天使の中におられ、天使は主の中にいるかは、結合がどのようなものであるか知られないなら、理解されることはできません。
 天使との主の結合、そして主との天使の結合です。それゆえ、結合は相互のものです。
 天使の側からの結合は、次のものです——天使は、人間と同様に、「自分自身からの愛と知恵の中にいる、 またここから彼の愛と知恵は自分自身のものである」としか知覚しません。このように知覚されないなら、何も結合はなく、こうして彼の中に主はいなくなり、彼もまた主の中にいません。愛と知恵とともに、主を自分自身のもののように知覚し、感じます、そのような天使や人間の中でないなら、主は存在することができません——このことによって主は知覚されるだけでなく、受け入れて保持され、愛し返されもします。それゆえ、そのことによって天使は賢明になり、知恵にとどまります。
 愛し、学び、吸収することを自分のもののように感じ、知覚しないなら、だれが主と隣人を愛しようと欲することができるでしょうか、まただれが賢明になろうと欲することができるでしょうか? そうでなければ、だれが自分自身のもとにそれを保持することができるでしょうか? 
 もし、そうでないなら、流入する愛と知恵は何らの座を持ちません、というのは、流れ抜け、作用しないから。このように天使は天使でなく、人間も人間でなくなります。それどころか、生命のないもののようになるしかありません。
 これらから、結合が存在するためには相互のものが存在することが必要であることを明らかにすることができます。