神の愛と知恵 117
116◀︎目次▶︎118
117 「アダムはこのような自由の中に、すなわち、自分自身から神を愛し、また賢明になることができる選択の自由の中にいた。その選択の自由は彼の子孫の中で失われた」という意見をもつ者がいます。しかし、これは誤りです——というのは、人間はいのちではなく、いのちの受け入れるものであるから(前の4―6、54―60番参照)。いのちを受け入れるものは、自分自身の何らかものから愛し、賢明であることはできません。
それゆえ、彼はまた、自分自身から賢明であり、愛することを欲したとき、知恵と愛から落下し、楽園から追い出されたのです。