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結婚愛 75

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5 黄金時代に生きた者のもとの結婚愛について

75 (最初のメモラビリア——)
かつて、私が結婚愛について瞑想していたとき、その愛が黄金時代に生きた者のもとでどんなものであったか、その後、白銀・青銅・黒鉄と呼ばれる続く時代の者のもとでどんなものであったか、知ろうとする願いに心が捕えられた——私は、それらの時代で善く生きたすべての者は、天界にいることを知っていたので、私は、彼らと話し、教えられることが私に許されるよう主に祈った。
見よ、天使が私のそばに立ち、言った、「私は、あなたの案内者であり、仲間であるようにと、主から遣わされました。最初に、黄金と呼ばれる最初の時期または時代に生きた者へ、あなたを導き、同行します」。
また言った、「彼らへの道は険しいです。それは、暗い森を通っていて、主から与えられた案内者がいないなら、だれも通り過ぎることができません」。
[2]私は霊の中にいた。旅の身支度をし、顔を東へ向けた。前進中に、私は、雲の領域を超える高さに達していた山を見た。
私たちは広大な荒野を通り過ぎ、いろいろな種類の木が密集した森の中にやって来た、それについて天使は、それらの密生から暗い、と予告していた——森は多くの狭い小道に分けられていた。天使は、「主により目が開かれていないなら、そしてブドウのつるが巻き付いているオリーブの木が見られ、そしてオリーブの木からオリーブの木へと歩みを向けないなら、旅人は、脇へ、周囲にあるタルタロス(奈落)へそれる、それだけ多くの間違った回り道があります。この森は、接近を守る目的のために、このようなものとなっています。というのは、初期(原始)の者以外に他の人々は、その山の上に住んでいないからです」と言った。
[3]私たちが森の中に入った後、目が開かれ、そして、私たちは、あちこちにブドウのつるが巻き付いているオリーブの木を見た、それらから紺青色のブドウの房が垂れ下がっていた。オリーブの木は永続する輪に配列されていた。それゆえ、それらを見て、それにしたがって、私たちは巡って、回って行った。
最後に、私たちは高い杉の木立を、その枝の上に何匹かのワシを見た。それらを見て、天使は言った、「今、山の中にいますが、私たちはそのてっぺんから遠くありません」。
私たちは進んだ、見よ、木立の後ろに、円形の野原があり、そこで雄羊と雌羊が草を食べていた、それらは山の住人の無垢と平和の状態を表象する形であった。
この野原を通り抜けた、見よ、前方にまた脇に、視野いっぱいに、多くの数千のもの天幕また天幕が見えた——天使は言った、「今や、私たちは、主エホビの軍勢の、そのように、自分自身と自分の住居を呼んだ、その陣営の中にいます。これらの最古代人は、世にいた時、天幕の中に住みました、それゆえ、今もまたそれらの中に住んでいます——しかし私たちは道を南へ向かいます、そこに彼らのさらに賢明な者がいて、私たちがだれかに会って、その者と共に話しをするためです」。
[4]進む中で、私は遠方からある天幕の入り口に座っている三人の少年と三人の少女を見た。しかし彼らは、私たちが近づいたとき、中位の背丈の男と女のように見られた。
天使は言った、「この山の住民は遠方から幼児のように見えます、無垢の状態にあるからです、そして、幼児期は無垢の外観です」。
これらの男は、私たちを見て、走り寄り、言った、「あなたがたはどこから、どのようにここにやって来たのですか? あなたがたの顔は山にいる私たちの顔ではありません」。
しかし、天使は森を通って接近の機会が与えられたことを話し、到来の理由を語った。
これらを聞いて、3人の男からのひとりが、私たちを自分の天幕の中へ招き、導き入れた。
男は青(ヒヤシンス)色の外衣、そして白光りの羊毛でできたシャツの衣服であった。彼の妻の衣服は、紫色のトーガ、〔その〕下に刺繍された亜麻布からできた胸衣のシャツであった。
[5]私の思いの中に最古代人の結婚を知ろうとする願いがあったので、私は夫と妻を代わる代わる観察した、顔の中にいわば彼らの霊魂の同一性を認めた。私は言った、「あなたがたふたりは一つです」。
男は答えた、「私たちはひとりです。彼女のいのちは私の中に、私のいのちは彼女の中にあります。私たちは身体は二つですが、霊魂は一つです。私たちの間に、心臓と肺と呼ばれる胸の中の二つの天幕(住居)の間にあるような結合があります。彼女は私の心臓であり、私は彼女の肺です。しかし心臓によってここに私たちは愛を、肺によって知恵を意味するので、彼女の愛は私の知恵のものであり、私は彼女の愛の知恵です。それゆえ、彼女の愛は外部から私の知恵をおおい、私の知恵は内部から彼女の愛に内在します——ここから、あなたがたが言ったように、私たちの顔の中に霊魂の同一性があります」。
[6]その時、私は質問した、「もしそのような結合があるなら、あなたは、あなたの妻以外に他の者の妻を眺めることができますか?」
答えた、「私はできます、しかし、妻は私の霊魂と結合しているので、私たちふたりは同時に眺めます、その時、情欲のものは何も入ることができません。なぜなら、私は他の者の妻たちを眺める時、私は彼女たちを、もっぱら私が愛する私の妻を通して眺めるからです。私のものである彼女は私のすべての性向を知覚できるので、私の思考を導く媒介として働くものとして、すべての不一致なものを引き離し、同時に、すべての好色なものに対する冷たさと恐怖感を持ち込みます。それゆえ、情欲から仲間の他の者の妻を眺めることは、私たちの天界の光を奈落(タルタロス)の陰から眺めることのように不可能です。それゆえ、私たちのもとに好色な愛を誘惑する何らかの思考の観念が、まして何らかものを話す言葉が存在しません」。
淫行〔の言葉〕を発声することができないのは、彼らの天界の貞潔が抵抗するからである。
私の案内者の天使は言った、「今、あなたはこの天界の天使の話しを聞いています、それは、原因から話しているので知恵の話しです」。
[7]この後、私はあたりを見回し、金でおおわれているような彼らの天幕を見て、質問した、「このことはどこからですか?」
「炎の光から」と答えた、「それは私たちが結婚愛について話している時、光を投げかけ、金のようにきらきら光り、私たちの天幕の幕を照らします。というのは、私たちの太陽からの熱は、その本質では愛であり、その時、それ自体を現わし、そして光はその本質では知恵であり、自分の色で光の色を付けます、それは金色であるからです。また、結婚愛はその起源の中で知恵と愛の遊びであるのでこのことが生じます、というのは、男は知恵であるように、そして、女は男の知恵の愛であるように生まれているからです。ここから、結婚愛の中に、またそれから私たちと私たちの妻たちの間にその遊びの歓喜があります。
私たちは、これを数千年の間、知覚しました、その歓喜は、豊富さ・段階・強さにしたがって、私たちのもとの主エホビの礼拝にしたがってすぐれ、卓越したものです、そこから愛と知恵のものであるその天界の結合が、すなわち、その天界の結婚が流入します」。
[8]これらが言われて、私は天幕の間の真ん中の丘の上に大きな光を見た。私は質問した、「その光はどこからですか?」
言った、「私たちの礼拝の天幕の聖所からです」。
私は、近づくことが許されているか質問した。すると、許されると言った——私は近づき、天幕の内部と外部を見た。それは記述にしたがって(出エジプト記25・40、26・30)、荒野の中のイスラエル民族のために建てられ、その形はモーセにシナイ山の上で示されたものに完全に似た天幕であった。
私は質問した、「その聖所の中に、内部に何があるのですか、それほどの光はどこからなのですか?」
答えた、「石板があり、それに、〝エホバと天界の間の契約〟と刻まれています」。多くのことを言わなかった。
[9]私たちは去ろうと用意していたので、その時、私は質問した、「あなたがたが自然界にいた時、あなたがたに、ひとり以上の多くの妻と生活した者はいないのですか?」
ひとりも知らないことを答えた。「なぜなら、私たちは多くの妻について考えることができないからです」。
彼らは私たちに話した。「考えた者は、直ちに、自分の霊魂にある天界の至福が、最内部から自分の身体の最外部へ、爪にまでも、同時にそれらとともに男らしさへの賛辞が引っ込みます。これらの者は、このことが知覚された時、私たちの地から追い払われます」。
これらが言われて、男は自分の天幕へ走り、金からできた種がたくさんあったザクロ(の実)とともに戻り、与えた。私は持ち去った、それは私に、私たちが黄金時代に生きた者といたことのしるしであった。
その時、平安〔あれ〕の挨拶の後、私たちは家へ戻った。