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結婚愛 255

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255 (19) 姦淫は離婚の原因である
このことに多くの原因があり、それらは理性的な光の中にあります、それでも、今日、隠されています――理性的な光から、結婚が聖なるものであること、姦淫が冒涜的なものであること――このように結婚と姦淫はそれ自体に正反対に対立したものであることを見ることができます。また、対立したものが対立したものの中で活動するとき、一方はもう一方を、彼のいのちの最後の小さい火花までも滅ぼします――そのように、妻帯者が確信から、このようにはっきりとした目的から、姦淫を犯す時、結婚愛に生じます。
これらのことは、天界と地獄について何らかのものを知っている者のもとに、さらに明白な(判然とした)理性の光の中にやって来ます。というのは、これらの者は、結婚が天界の中にあり、天界からであること、姦淫が地獄の中にあり、地獄からであること、それらの二つは、天界が地獄と結合されないように結合されることができないこと、また、もし人間のもとで結合されるなら、直ちに天界は去り、そして地獄が入ることを知っているからです。
[2]そこで、姦淫が離婚の原因であることはここからです。それゆえ、主は言われます、

だれでも、淫行のためでなく妻を離縁し、他の女をめとる者は、姦淫を犯します(マタイ19:9)。

「淫行のためでなく、離縁し、他の女をめとるなら、姦淫を犯す」と言われます、この原因のための離縁は、心の完全な分離であるからです、それは離婚と呼ばれます。しかし、その原因でない他の原因からの離縁は、分離であり、それらについて、今、前に扱われています。これら〔の原因〕の後、もし他の妻がめとられるなら、姦淫が犯されます。けれども、離婚の後ではありません。