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結婚愛 257

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257 (21) 冷淡の偶発的な原因の第二のものは、夫婦にとって同棲が自由ではなく、契約と法律からの強制に見られることである
 この原因は結婚愛が最内部の中で冷えている者にだけあります。またそれ自体に内部の冷淡を加えているので、付加的な、すなわち、偶発的な原因になっています。これらの者のもとで、結婚外の愛はその一致と好意から内的な熱の中にあります、なぜなら、一方の熱はもう一方の熱であるから、それは、もし感じられないなら、それでも冷淡に、それどころか真ん中に内在します。その熱がその時にもまた内在しないなら、回復はないでしょう。
 強制をつくるものはこの熱です。それが増やされ、一方の側から取り決めからの契約や公正からの法律かのように、踏みにじられないきずなとして見られます。もし両方のものがゆるめられるなら異なります。
[2]結婚外の愛を忌み嫌い、そして結婚愛を天界的なものや天界と考え、さらにそれを知覚する者のもとで反対です。これらの者のもとで、その契約はその取り決めとともに、その法律はその規定とともに、心に刻み込まれています、絶えずそれに刻み足されています。これらの者のもとで、その愛のきずなは取り決めの契約からも、承認された法律によっても縛られません、しかしこれら二つは愛のものそのものであり、創造から植え付けられたものの中にあります。世のそれら〔きずな〕はこれら〔愛のきずな〕からであり、逆ではありません――ここから、その愛に属すすべてのものは自由として感じられます。愛に属さない何らかものに自由は存在しません。私は天使たちから、真の結婚愛の自由は最も自由であり、それは愛の愛であるからであることを聞きました。