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結婚愛 447

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447 (3) 私通は自然的な人に属す
同様に、性愛のように自然的な人に属し、性愛はもし結婚前に生じるなら私通と呼ばれます。
身体的なものに生まれているすべての人間は、感覚的なものに、その後、自然的なものに、まただんだんと理性的なものになり、もしその時、止まらないなら、霊的なものになります。そのように進むことの理由は、面が形成され、それらにさらに上のものが、宮殿がその土台の上に支えられるように、支えられるためです。上部構造とともに最終の面は、すぐれた種が植え付けられる準備がなされた土地にもたとえられることができます。
[2]特に、性愛に関しては、それもまた最初に身体的です、なぜなら、肉から始まるからです。その後、それは感覚的なものになります、なぜなら、五官は、その性愛に共通のものから楽しみを与えられるからです。その後、それは動物のもとの同じものと非常に似ている自然的なものになります、性愛が放浪性のものであるからです。しかし、人間は霊的なものになるように生まれているので、その後、それは理性的な自然的なものに、また理性的な自然的なものから霊的なものに、最後に自然的な霊的なものになります、その時、霊的なものになったその愛は、理性的な愛の中へ、またこれを通して感覚的な愛の中へ、これを通して最後に身体の中のまた肉の中のその愛の中へ流入し、働きます。これはその最後の面であるので、その中で霊的に、また同時に、理性的にまた感覚的に働きます。そして、人間がその熟考の中にいる時、そのように連続的に、しかし、最終的なものの中にいる時、同時に、流入し、働きます。
[3]私通が自然的な人に属すものであることは、自然的な性愛の最も近いものから発出するからです。そして、理性的な自然的なものが存在することができます、けれども、霊的なものは存在できません、性愛は結婚愛にならないうちに霊的なものになることができないからです。性愛は、人間が放浪性の情欲から去り、自分自身をひとりにささげ、その霊魂に自分の霊魂を結合させる時、自然的なものから霊的なものになります。