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結婚愛 485

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485 (5) 姦淫に四つの段階があり、それらにしたがって、それらの属性の割り当て・譴責・死後の転嫁が行なわれる
 これらの段階は種類ではありません、しかし、それぞれの種類の中に入り、悪または善が多いか少ないかの間で違いをつくっています。ここでは、それぞれの種類の姦淫が事情と偶発的なものの関係から、穏やかなのものかまたはきびしいものかどうかが評価されなければなりません。事情と偶発的なものがそれぞれの事柄を変えることは、よく知られています。
 しかしそれでも、人間により、その理性的な光(ルーメン)から異なって、裁判官により法律から異なって、また主により人間の心の状態から異なって評価されます。それゆえ、属性の割り当て・譴責・死後の転嫁が言われます。なぜなら、人間により彼の理性的な光(ルーメン)にしたがって属性の割り当てが行なわれ、裁判官により法律にしたがって譴責が行なわれ、主により人間の心の状態にしたがって転嫁が行なわれるからです――これら三つのものがそれ自体の間で大いに異なっていることは、説明なしに見られることができます。というのは、人間は事情と偶発的なものにしたがって、理性的な証拠からある者を赦すことができます、裁判官は法廷で座っているとき法律からでは、その者を赦すことはできません、そしてまた、裁判官は、死後に断罪される者を赦すことができるからです。その理由は、裁判官は行為にしたがって判決を定めます、しかし、死後、それぞれの者は意志とここから理解力の意図にしたがって、また理解力とここからの意志の確信にしたがって判断されるからです。これらの理解力と意志を裁判官は見ません。しかしそれでも、一つは社会の市民の善のため、もう一つは天界の社会の善のための両方の判断は正しいものです。