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続 最後の審判について 12

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 (5)ここから、最後の審判の前にでなく、その後に、新しい教会のために啓示がなされる
なぜなら、最後の審判の後、伝達が回復され、人間は照らされ、改心されることができるから、すなわち、みことばの神的な真理を理解し、その理解されるものを受け入れ、そして受け入れたものを保持することができるから、というのは、障害物が取り去られたからです。それゆえ、ヨハネは、前の天と前の地が過ぎ去った後に、自分自身に言いました、

 私は新しい天と新しい地を見た。また、その時、神より天界から下って来る聖なる都、花嫁のようにその夫の前に整えられた新しいエルサレムを〔見た〕。また王座の上に「座っておられる方」が言うのを聞いた、「見よ、わたしはすべてのものを新しくする」(黙示録21:1, 2, 5)。

エルサレム」によって教会が意味されることは、『主についての教え』の中に(62–64番)、そして、その新しいものについて(そこの65番に)見られます。