カテゴリー

神の愛と知恵 40

039◀︎目次▶︎041

神的な愛と神的な知恵は、実体であり、形である

40 愛と知恵について普通の人間の観念は、薄い空気またはエーテルの中を飛んで流れるもの、または、そのような何らかのものから発散するもののようであり、ほとんどだれも、実際にまた事実上、「実体と形である」とは考えません。
 実体と形であると知る者でも、愛と知恵を主体の外の、主体から流れ出るもののように知覚しています。また主体の外のそれから流れ出るようなものを知覚しても、それでも飛んで流れるようなものを、愛と知恵は実体そのものであることを、その外で飛んで流れるように知覚されるものが単に本質的に実体の外観の状態であることを知らないで、さらにまた実体や形と呼んでいます。
 このことがこれまで知られなかったことには多くの理由があります。
 それらの理由の一つに、外観は、それらから人間が自分の理解力を形作る最初のものであって、原因を探し出さないなら、その外観を追い払うことができないことがあります。また原因が深く隠れているとき、長い間、理解力を霊的な光の中に保たないなら、原因を探し出すことができず、絶えず引き戻す自然的な光のために、その光の中に理解力を長く保つことができません。それでも、愛と知恵は現実のまた実際の実体と形であって、それらがは主体そのものをつくることが真理です。