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神の愛と知恵 156

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156 全世界とそのすべてのものの創造は、空間から空間へ、時間から時間へ、このように前進し、連続して行なわれた、と言われることはできませんが、永遠から、また無限から行なわれたと言えます。時間の永遠からでないのは、これが存在しないからであり、時間のものでない「永遠」からであるのは、これが神性と同一のものであるからです。空間の無限からでもないのは、これもまた存在しないからであり、空間のものでない「無限」からであるのは、それもまた神性と同一のものであるからです。
 これらが自然的な光の中にある思考の観念を超えていることは私にわかっています、しかし、霊的な光の中にある思考の観念は越えていません、というのは、これらの中に空間と時間に属するものは何もないから——それどころか、自然的な光の中にある観念をも完全に超えていません。なぜなら、空間の無限は存在しない、と言われるとき、このことをだれもが理性から肯定するからです。永遠も同様です、というのは、これは時間の無限であるから。
 「永遠の中で」と言われるなら、このことは時間から理解されます。けれども、「永遠から」と言われるなら、時間の観念が遠ざけられないなら、このことは理解されません。