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神の摂理 125

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125 三一性天使のこれらの秘義があらかじめ言われたのは、主の神的な摂理が、どのように人間をご自分にまたご自分が人間に結合するように働くか理解されることができるためです。このことは人間のすべてのものの中に同時でなければ、また人間の最内部と彼の最外部から同時に生じなければ、彼の何らかの細部の中に個々に生じません。
人間の最内部のものは彼のいのちの愛です。最外部のものは思考の外なるものの中にあるものです。中間の(媒介として働く)ものは、彼の思考の内なるものの中にあるものです――それらが悪い人間のもとでどんなものであるかは、前のものの中に示されています。それらから再び、主は人間と一つでないなら最内部と最外部から、最外部のものの中で同時に働くことができないことが明らかです、人間は主と一つであるからです。それゆえ、人間が最外部の中で行動するように、それらは彼の自由の中にあるので、彼の自由裁量のものであって、そのように主は彼の最内部から連続的に最外部に向けて行動されます。
人間の最内部の中にあり、連続的に最内部から最外部に向けて存在するそれらのものは人間にまったく知られていません。ここから、主がどのようにまた何をそこで働らかれているか、人間はまったく知りません。しかし、それらは最外部のものと一つとして密着しているので、それゆえ、悪を罪として避け、主に目を向けることよりも多くのことを、人間に知ることは必要ではありません。
そうでなければ、このように彼のいのちの愛は、出生から地獄のものであって、主により遠ざけられ、それに代わって天界のいのちの愛が植え付けられることができません。