神の摂理 156
156 人間が主おひとりにより導かれ、教えられることは、主だけから生きることです。なぜなら、彼のいのちの意志が導かれ、彼のいのちの理解力が教えられるからです。
しかし、このことは外観に反しています。というのは、人間には自分自身から生きるように見えるから、それでも自分自身からでなく、主から生きることは真理です。
さて、世の中で生きる間、人間に主だけから生きていることを感じる知覚が与えられていないので(自分自身から生きていることの外観が彼に取り去れないので、なぜなら、それらなしに人間は人間でないから)、それゆえ、これは理性によって証明され、それはその後、経験によって、最後にみことばによって確信されなければなりません。