神の摂理 208
208 後者と前者が、だれで、どんなものであるか――
神とその方の神的な摂理を認める者〔後者〕は、天界の天使のようであり、その者は自分自身により導かれることを退け、主により導かれることを愛します。
主により導かれることのしるしは、隣人を愛することです。
しかし、自然とプロプリウムの思慮分別を認める者〔前者〕は、地獄の霊たちのようであり、その者たちは主により導かれることを退け、自分自身により導かれることを愛します――その者が王国の高官であったなら、すべてのものの上に支配することを欲します――教会の高位聖職者であったなら、同様です。裁判官であったなら、判決を曲げ、法律上の支配権を行使します。学のある者であったなら、記憶知(事実)を人間のプロプリウムと自然を確信するために当てはめます。商人であったなら、盗賊を働きます。農夫であったなら、ふすまのように振る舞います。
〔これらの〕すべての者は神の敵であり、神的な摂理をあざける者です。