神の摂理 223
223 霊界での多くの経験によって、「人間は本質的に天使たち自身のように知恵のアルカナを理解する能力を所有する」と知ることが与えられました。
なぜなら、私は火のような悪魔を見たからです。その者は知恵のアルカナを聞いた時、それらを理解するだけでなく、しかしまた自分の推理力からそれらを話しました、しかし、自分の悪魔的な愛に戻ると、すぐさま理解しなくなり、それらの代わりに正反対のものを理解し、それらは狂気でした、これらはその時、知恵と呼ばれました――それどころか、知恵の状態の中にいたとき自分の狂気を笑い、狂気の状態にいたとき知恵を笑うのを聞くことが与えられました。
世の中でこのような者であった人間は、死後、霊になるとき、たいてい、知恵と狂気の交互の状態に入れられます。その状態からもう一方の状態を見るためです。
しかし、たとえ知恵から自分自身に狂気を見ても、それでも、彼らに選択が与えられる時、そのことはだれにも生じますが、自分自身を狂気の状態の中に入れ、それを愛し、その時、知恵の状態を憎みます――その理由は、彼らの内なるものは悪魔的であり、外なるものは神的なようであったからです。
これらの者は、自分自身を光の天使とする悪魔によって、また婚礼の家の中で婚礼の衣服を着ていないで、外の暗やみの中に投げ出された者(マタイ22:11-13)によって意味される者です。