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聖書について22

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22  しかし対応するものであった教会の表象するものが、時の経過につれて、偶像崇拝的なものに、また魔法にも変わった時、主の神的摂理からその知識は次第に消し去られ、イスラエルとユダヤの国民のもとではまったく失われ、消滅しました。
確かに、これらの国民の礼拝は、対応そのものから成り立ち、ここからそれは天界的なものを表象するものでした。しかしそれでも、彼らは、何が何を意味するか知りませんでした――というのは、まったく自然的な人であったからです。ここから、霊的なものについて何らかのものを知ることを欲せず、それゆえ、対応について何らかのものを知ることもできませんでした。