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天界と地獄151

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151  地獄の中にいる者には正反対です。
そこにいる者は、太陽としての、または月としての主に目を向けないで、主に後ろを向け、世の太陽の代わりにそこにある暗黒へ、また地球の月の代わりにそこにある暗やみへ目を向けます。世の太陽の代わりにそこにある暗黒へ目を向ける者は悪鬼と呼ばれ、地球の月の代わりにそこにある暗やみへ目を向ける者は〔悪〕霊と呼ばれます(*7)――世の太陽と地球の月は霊界の中では見られないで、天界の太陽と反対の位置に世の太陽の代わりに暗黒が、また天界の月と反対の位置に地球の月の代わりに暗やみが見られることは前に示しました(122番)――ここから、彼らにとって方位は天界の方位と反対です。彼らに暗黒と暗やみのあるところが東です。彼らに天界の太陽があるところが西です。彼らに南は右に、北は左にあります。彼らが身体をどこに向けてもこのことは変わりませんし、他の方向へ向けることもできません、その理由は、彼らの内的なものの方向が、ここから決定されたすべての方向が、そこへ傾き、向かうからです――来世でのすべての者の内的な方向とそこからの実際の方向決定が愛にしたがっています(143番参照)。地獄にいる者の愛は自己愛と世俗愛であり、これらの愛は世の太陽と地球の月によって意味されるものです(122番参照)。そしてまたそれらの愛は主への愛と隣人に対する愛に対立します(*8)。ここから、主から後ろ向きになり、それらの暗やみに向かうことになるのです。さらにまた、地獄にいる者は自分自身の方位にしたがって住みます。
自己愛からの悪の中にいる者は東から西にかけて住み、悪の虚偽の中にいる者は南から北にかけて住みます――しかし、このことについては地獄についてのところでさらに多くのことを述べます。


*7 悪鬼と呼ばれる者が、だれでどんなものか、〔悪〕霊と呼ばれる者が、だれでどんなものか(947, 5035, 5977, 8593, 8622, 8625)。
*8 自己愛と世俗愛の中にいる者は、主から後ろ向きに向きを変える(10130, 10189, 10420, 10702)。
主への愛と隣人に対する仁愛は天界をつくる。また自己愛と世俗愛は、正反対のものであるので、地獄をつくる(2041, 3610, 4225, 4776, 6210, 7366, 7369, 7490, 8232, 8678, 10455, 10741-10745)。