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天界と地獄241

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241  主の天的な王国の天使は、主の霊的な王国の天使と同様に話しますが、天的な天使は、霊的な天使よりもさらに内的な思考から話します。天的な天使は主への愛の善の中にいるので知恵から話し、霊的な天使は、本質では真理である隣人に対する仁愛の善の中にいるので(215)、知性から話します、なぜなら、知恵は善からであり、また知性は真理からであるからです――ここから、天的な天使の話し方は穏やかな川のようであり、柔らかくていわば連続しています、しかし、霊的な天使の話し方は少し断音的で分離しています――さらにまた、天的な天使の話し方は〝ウ〟と〝オ〟の母音が多く響きますが、霊的な天使の話し方は〝エ〟と〝イ〟が多く響きます。母音は音声のためにあり、音声の中に情愛があるからです。なぜなら、前に述べたように(236)、天使の話し方の音声は情愛に対応し、音声の区切りは、それらは言葉であって、情愛からのものである思考の観念に対応するからです。
母音は言葉に属さないで、それぞれの状態にしたがっていろいろな情愛の、その言葉の〔音の〕抑揚に属すので、それゆえ、ヘブル語で母音は表現されていません、そしてまたいろいろに発音されます。
ここから、天使は人間の性質を情愛と愛に関して知ります。
さらにまた、天的な天使の話し方に硬い子音はなく、母音から始まる単語を差し挟まないで、子音から子音へと変わることはまれです。
ここから、みことばの中では、みことばをヘブル語で読む者に明らかであるように、しばしば小辞〝そして〟が挿入されます。ヘブル語のその小辞は柔らかいものであり、〔一つの文の〕前後で母音が響きます。
さらにまた、ヘブル語のみことばの中の言葉から、天的な部類に、あるいは霊的な部類に属すかどうかを、このように善を、あるいは真理を包むものであるかどうかをある程度知ることができます――善を包むものは、〝ウ〟と〝オ〟から多くの音を、また多少は〝ア〟からも音を得ています。しかし、真理を包むものは、〝エ〟と〝イ〟から音を得ています。
情愛は特に音声を通して現われるので、それゆえ、人間の会話の中でもまた、偉大なことについて扱われるとき、例えば天界や神について、そこに〝ウ〟と〝オ〟を含む言葉が好まれます――さらにまた音楽の音も、似たものが表現されるとき、それへ向けて高められます。偉大でないことについて扱われるときは異なっています。
ここから、音楽の技術では、いろいろな種類の情愛を表現することが知られています。