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天界と地獄326

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326 何らかの神を像または彫像のもとに崇拝した異邦人が来世に来た時、彼らがその神々または偶像に代わる者らのところへ導かれることはよくあることです、その理由は彼らの幻想を取り去るためです。彼らは、数日間、代わる者のもとにいた後で、そこから連れ去られます。
人間を崇拝した者もまた、時々、その人間のもとへ、あるいはそれに代わる者のもとへ導かれます。例えば、ユダヤ人の多くの者は、アブラハム、ヤコブ、モーセ、ダビデのもとへ導かれます。しかし、彼らが他の者のような人間であり、何の助けも与えることができないことに気づくとき、恥ずかしくなります。そして自分の生き方にしたがった自分自身の場所へ運ばれます。
天界の異教徒の間で、アフリカ人が最も愛されています。彼らは他の者よりも容易に天界の善と真理を受け入れるからです――特に、従順な者と言われることを欲しますが、信仰に忠実な者と言われることは欲しません。
彼らは、「キリスト教徒は信仰の教えを持っているので信仰に忠実な者と呼ばれることができる。しかし、私たちはそれらの教えを受けないかぎり、または、受けることができないかぎり、そう呼ばれることができない」と言っています。