カテゴリー

天界と地獄488

487◀︎目次▶︎489

488. それぞれの者のいのち(生活)の快いものが、死後、対応するものにどのように変わるかは、対応の知識から知ることができるといっても、しかし、その知識はまだ広まっていないので、ある私の経験した事柄を例にして、そのことについて明らかにしましょう。
悪の中にいるすべての者、教会の真理に反する虚偽を確信した者、特に、みことばを退けた者は、天界の光を避け、開口部が暗黒に見えるあなぐらの中へ、また岩の穴の中へ突進し、そこに隠れます。このことは、虚偽を愛し、真理を憎んだからです――なぜなら、このようなあなぐらや岩の穴は(*2)、さらに暗やみは、虚偽に(*3)、そして光は真理に対応するからです。彼らにはそこに住むことが快く、開けた平地に住むことは不快です。
[2]ひそかにたくらむこと、隠れて欺きをもくろむことが快かった者も同様です。これらの者もまた、あなぐらにいて、だれも互いに見えないような暗い部屋に入り、片隅で耳もとにささやいています。彼らの愛の快さはこのことに変わります。
学識ある者と呼ばれることだけを目的に知識を学んで、そのことによって理性を養わなかった者、また記憶の事柄を自慢することから快さを得た者は、砂地を愛し、平野や庭園よりもそれらを選びます。砂地はこのような研究に対応するからです。
[3]自分自身や他の者の教会の教義の事柄の中にいて、それを生活に何も適用しなかった者は、岩地を選び、岩の堆積の間に住み、耕された場所は、いやでたまらないので避けます。
すべてのものを自然に帰した者、またすべてのものを自己の思慮に帰し、いろいろな策略で名誉ある地位へ上り、富を得た者は、来世で、神の秩序の悪用である魔術の技巧を研究し、それらにいのちの最大の快さを覚えます。
[4]神的な真理を自分自身の愛に適用して虚偽化した者は、尿を好みます。尿がこのような愛の快いものに対応するからです(*4)
あさましいほどに貪欲であった者は、小部屋に住み、ブタの汚物を、また胃の中の不消化物から発散されるような悪臭を愛します。
[5]単なる快楽の生活を過ごし、ぜいたくに生き、食道と胃のほしいままにし、それらを最高によい生活であるかのように愛した者は、来世で排泄物と便所を愛します。その時、それらのものが彼らに喜ばしいのです。このような欲望は霊的な汚物であるという理由からです――きたないもののない清潔な場所は、彼らに不快であるので避けます。
[6]姦淫に快さを得た者は、すべてのものが汚れていて、きたない売春宿で時を過ごします。売春宿を愛して、貞淑な家庭を避けます。貞淑な家庭にやって来ると直ぐに失神状態に落ち込みます。彼らにとって結婚を切り裂くことよりも快いものは何もありません。
復讐の欲望にいて、そこから獰猛で残酷な性質を身につけた者は、死体を愛し、さらにまた、そのような地獄にいます。


*2 みことばの中の「穴」と「岩の裂け目」は、信仰の不明瞭なものと虚偽を意味する(10582)。「岩」は主からの信仰を(8581, 10580)――また「石」は信仰の真理を意味するからである(114, 643, 1298, 3720, 6426, 8609, 10376)。
*3 ここには四八七番の*1と同じ記号が振られている。
*4 真理を汚すことは尿に対応する(5390)。