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最後の審判 16

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16
 キリスト教界の学者からの非常に多くの者は、死後、自分たちが世の中でのように、身体の中に、衣服の中に、家の中にいるのを見るとき驚き、また、死後のいのち・霊魂・霊・天界と地獄について考えたことを記憶に思い出すとき、恥に満たされ、「自分たちは愚かに考えていた。単純な信仰をもつ者自分たちよりもはるかに賢明である」と言います。
このようなものを確信し、すべてのものを自然に帰した学者が調べられました。彼らの内的なものは完全に閉ざされ、外的なものが開かれており、このように天界へ目を向けず、世へ、したがって地獄へ目を向けたことがわかりました。なぜなら、内的なものが開かれれば開かれるほど、それだけ人間は天界へ目を向けます、けれども、内的なものが閉ざされて外的なものが開かれれば開かれるほど、それだけ地獄へ目を向けるからです。というのは、人間の内的なものは天界のすべてのものを受け入れるように、外的なものは世のすべてのものを受け入れるように向けて形作られており、世を受け入れて、同時に天界を受け入れない者は、地獄を受け入れるからです。(*4)〔これは『天界と地獄』313番と同じです〕


*4 人間の中で霊界と自然界が結合している(6057番)。
人間の内なるものは天界の映像へ形作られている、けれども、外なるものは世の映像へ形作られている(3628, 4523, 4524, 6057, 6314, 9706, 10156, 10472番)。