カテゴリー

結婚愛 247

246◀︎目次▶︎248

247 (11) 冷淡の外なる原因の第二のものは、結婚愛が淫行愛と一つであり、単に前者は法律から許される、けれども、後者は許されない、と信じられることである
 ここから冷淡があることを、熟考するとき、理性によって、淫行の愛は結婚愛に正反対に対立していることがはっきりと見られます。それゆえ、結婚愛が淫行愛と一つである、と信じられるとき、両方の愛は観念の中で等しいものになります。その時、妻は娼婦として、結婚は不潔なものとして見られます。男(夫)自身もまた、もし身体でなくても、それでも霊で姦淫者です――ここから、男(夫)とその女の間に軽蔑・嫌悪・反感が流れ出て、こうして必然的に厳しい冷淡が続きます。というのは、それ自体の中に淫行愛よりも結婚の冷淡をたくわえているものは何もないからです。さらにまたその中へと変わるので、結婚の冷淡そのものと呼ばれるのにふさわしいものとなります。