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結婚愛 400

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400 (12) 発出する愛のスフェアは、順に目的から原因を通して結果へ前進し、そして周期をつくり、それによって創造は先見されたものと備えられたものの状態に保たれる
 全世界のすべての働きは目的から原因を通して結果へ前進します。これら三つのものは、たとえ観念の中で分けることできるものに見えても、本質的に分割できないものです。しかしそれでも、そこに目的が意図されている結果と一緒に見られないなら、何らかのものではなく、その両方のものも、原因が支え、備え、結合しないなら、何らかのものになりません。
[2]それぞれの人間にこのような進行が、全般的に、またすべての特定のものの中に、ちょうど意志・理解力・活動のように、刻み込まれています――そこに、すべての目的は意志に属し、すべての原因は理解力に属し、すべての結果は活動に属しています。同様に、すべての目的は愛に属し、それを通してすべての原因は知恵に属し、ここからのすべての結果は役立ちに属しています。その論拠は、意志が愛の容器であり、理解力が知恵の容器であり、そして活動が役立ちの容器であるからです。そこで、人間のもとで、働きが全般的に、また特定的に、意志から理解力を通して活動の中で進行しているとき、そのようにさらにまた愛から知恵を通して役立ちの中に〔進行しています〕。しかし、ここで知恵によって、判断と思考に属すすべてものが意味されます。それら三つのものが結果の中で一つのものであることが明らかです――さらにまた、観念の中で結果の前に一つのものをつくり、決心(決定)だけが介在することが知覚されます。というのは、心の中で、目的は意志から出発し、そしてそれ自体に原因を理解力の中で生み出し、そしてそれ自体に意図をもたらし、そして意図は決心(決定)前の行動のようであるからです。ここから、意図は賢明な者により、そしてまた主により、活動として受け入れられています。
[3]それら三つのものが何らかの最初の原因から流れ出ること、また、全世界の創造主と維持者であられる主から、愛・知恵・役立ちが、これら三つのものが一つのものとして絶えず発出していることがその原因であることを聞く時、理性的な者のだれが見ること、または、認めることができませんか?
 そうでなければ、どこからなのか、あなたがたにできるなら、言ってください。