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結婚愛 516

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516 霊的な結婚によって主と教会の結婚が意味されます(それについては前の116–131番)。ここから善と真理の結婚についてもまた意味されます(それについては前の83–102番)。この結婚は主と教会のもの、ここから善と真理の結婚であり、みことばのすべてと個々のものの中にあるので、この性的暴行が霊的な結婚の性的暴行によるものであることがここに意味されます、というのは、教会はみことばからであり、みことばは主であるからです。
主がみことばであるのは、そこに神的善と神的真理があるからです。
みことばがその結婚であることは、『新しいエルサレムの教え 聖書について』の中に十分に論証されて示されています(80–90番)。