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神の摂理 50

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50 天使と霊たちは愛のものである情愛であり、そしてここからの思考であるので、それゆえ、彼らは空間と時間の中にいないで、単にそれらの外観の中にいます。
彼らに空間と時間の外観は情愛とそこからの思考の状態にしたがっています――それゆえ、だれかが情愛から他の者について、意図をもって彼を見よう、または彼と話そう、と考えている時、実際に現在が引き起こされます。
[2]ここから、どの人間のもとにも、彼と似た情愛の中にいる霊たちが現在します。悪い霊は似た悪の情愛の中に、そして善い霊は似た善の情愛の中にいます――彼らはだれかが社会に囲まれるように、それほどに現在します。
その理由は、情愛とそこからの思考は空間と時間の中に存在せず、そして霊と天使たちは情愛とそこからの思考であるので、空間と時間はその現在に何もなさないからです。
[3]このようであることを、生き生きした多年の経験から、また次のことからも知ることが与えられました。私は、死後の多くの者と、ヨーロッパの中のいろいろな王国の中の者とも、アジアやアフリカの中のいろいろな王国の中の者とも語っており、すべての者は私の近くにいました。それゆえ、もし彼らに空間と時間があるなら、旅行と旅行の時間が介在するでしょう。
[4]それどころか、人間はだれもこのことを本能的に自分自身の中で、または自分の心の中で知っていることが、次のことから私に証明されました。遠く離れた王国の中のアジアやアフリカまたはヨーロッパで死んだある者と私が話したことを語る時、だれも空間の何らかの距離について考えなかったことです。例として、カルヴィン・ルター・メランヒトンの場合、またはある王・統治者・祭司の場合です。そこに生きていた者とどのように会話できたのか、地と海が介在するのに、どのように彼のところ来ることと居合わせることができるのか、だれの思いの中にも起こらなかったのです。
このことからもまた私に、霊界の中にいる者について、だれも空間と時間から考えないことが明らかとなりました。
それでもなお、彼らに空間と時間の外観があることは著作『天界と地獄』を見てください(162-169番191-199番)。