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神の摂理 90

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90 人間は二つの能力によって、考え、行なうすべての善と真理が主からであり、自分自身からではないと認めることができればできるほど、それだけ改心し、再生することができる、と言われました。
前述のものから明らかなように、人間はそれらの二つの能力によってでないなら、そのことを認めることができません、それらの二つの能力は主からであり、人間のもとの主のものであるからです。
それゆえ、人間はそのことを自分自身からでなく、主から行なうことができ、しかしそれでも、自分自身からのようにでき、このことを主はそれぞれの者に与えられていることがいえます。
自分自身からであると信じることがあるかもしれませんが、それでも賢明である時、自分自身からでないことを認めるでしょう。そうでなければ、考える真理と行なう善は、本質的に真理と善ではありません、それらの中に人間がいて、それらの中に主がおられないからです。そして、人間がその中にいる善は、救いのためであっても、功績を求める善です、しかし、主がその中におられる善は、功績を求めるものではありません。