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神の摂理 103

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103(1)人間のだれにも思考の外なるものと内なるものがある
思考の外なるものと内なるものによって、人間の外なるものと内なるものと同様なものが意味され、それらによって意志と理解力の外なるものと内なるもの以外の何も意味されません、というのは、意志と理解力が人間をつくるから――またこれら二つのものはそれ自体を思考の中に現わすので、思考の外なるものと内なるものと言われます。
さて、人間の身体でなく、彼の霊が欲し、そして理解し、ここから考えるので、この外なるものと内なるものは人間の霊の外なるものと内なるものであることがいえます。
身体が行動し、あるいは話し、あるいは行なうものは、彼の霊の内なるものと外なるものからの単なる結果です、なぜなら、身体は従順であるだけものであるからです。