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神の摂理 158

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158 同じこの真理が理性によってだけでなく、生きた知覚によってもまた天使のもとで、特に、第三の天界の天使のもとで確信されています。
これらの者は主からの神的な愛と神的な知恵の流入を知覚しています。
彼らはそのことを知覚し、自分の知恵から、それらがいのちであることを知っているので、それゆえ、〔自分たちは〕自分自身からではなく、主から生きている、と言い、このことを言うだけでなく、そのようであることを愛し、意志してもいます。
それでもやはり、彼らは自分自身から生きているようなすべての外観の中にいます、それどころか、他の天使よりもさらに強烈な外観の中にいます。なぜなら、前のように「人間は、主に近く結合されるほど、ますますはっきりと自分自身のものであるように自分自身に見る、そしてさらに明らかに主のものであるものを認める」ことが示されているからです(42-45番)。
同様の知覚と同様の外観の中にいることが、今や、多くの年月の間、私にもまた与えられており、そのことから私は、自分からでは何も意志せず、考えもしない、しかし、自分からのように見えること、そしてまた、それを意志し、愛することが与えられていることを十分に確信しました。
同じこのことが霊界からの他の多くのものによって確信されることができます、しかし、さしあたり、それらの二つのもので十分です。