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聖書について16

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16 霊的な意味がなくては、預言者エレミヤが命じられたこと、

自分自身に帯を買い、腰の上に置き、それを水に浸さず、ユーフラテス川の近くに岩の穴の中に隠すように(エレミヤ13・1―7)

預言者イザヤが命じられたこと、

腰から麻布を解き、自分の足から履き物を脱ぎ、裸とはだしで三年間、行く(イザヤ20・2, 3)

預言者エゼキエルが命じられたこと、

かみそりを自分の頭に、自分のあごひげにあて、その後、それらを分け、三分の一の部分を都の真ん中で焼き、三分の一を剣で打ち、三分の一を風の中に散らし、それらから少しのものをすそに結びつけ、最後に、火の真ん中に投げ込め(エゼキエル5・1―4)

同じ預言者が命じられたこと、

自分の脇腹の左を下にして三百九十日、右を下にして四十日横たわり、自分自身にパン菓子を小麦、大麦、キビ、裸麦から、牛の糞とともに作り、それを食べ、そしてその間、エルサレムに対して塁ととりでを置き、それを包囲せよ(エゼキエル4・1―15)

預言者ホセアが二度命じられたこと、

淫婦を妻として受け入れるように(ホセア1・2―9, 3・2, 3)

また多くの同様のことがなぜなのか、だれもわかりません。
さらに、霊的な意味がなくて、幕屋のすべてのものによって、例えば、「」「あがないのふた」「ケルビム」「燭台」「香の祭壇」、机の上の「供えのパン」によって、また「」やその「垂れ幕」によって何が意味されるか、だれがわかるでしょうか?
霊的な意味がなくて、「アロンの聖なる装束」、その「下着」「長い上着」「エポデ」「ウリムとトンミム」「」、またその多くのものによって何が意味されるのか、だれがわかるでしょうか?
霊的な意味がなくて、全焼のいけにえ・いけにえ・穀物のささげ物と注ぎのささげ物について命じられたそれらすべてのものによって、さらに安息日と祭りについて、何が意味されるか、だれがわかるでしょうか?
これらについて、主と天界と教会の何らかのものを意味しない最小のものもないことが真理です。
これらのわずかなものから、みことばのすべてと個々のものの中に霊的な意味があることを明らかに見ることができます。