最後の審判 9
9
(1)人類は、その上に天界が建てられる土台である
このことは、人間が最後に創造され、最後に創造されたものは、先行するすべてのものの土台であるからです。
創造は、神性からであるので、最高のものまたは最内部のものから始まり、最後のものまたは最外部のものへ進み、その時、初めて存続するようになりました――創造の最後のものは自然界であり、その水の地球とその上にあるすべてのものです。
これらがなし遂げられた時、人間が創造され、その中に神的な秩序のすべてのものが最初のものから最後のものまで集められました。その最内部の中に、秩序の最初のものの中にあるものが、その最後のものの中に、〔秩序で〕最後のものが集められました。このように形の中で、人間は神的な秩序になりました。
ここから、人間の中に、また人間のもとにあるすべてのものは、天界からも世からも存在します、天界からは彼の心にあるもの、世からは彼の身体にあるものです。というのは、天界にあるものが彼の思考と情愛の中に流入し、そして彼の霊による受け入れにしたがってそれらを示すから。また世にあるものが彼の感覚と快楽に流入し、彼の身体の中への受け入れにしたがって、しかし、彼の霊の思考と情愛の適合するものにしたがって適切に示すからです。
[2]このようであることは、『天界と地獄』に扱われている多くの章の中に見られます、特にこれらの中に――
全天界は一つの統一体として一人の人間を表わす(59–67番)。
天界のそれぞれの社会は一人の人間を表わす(68–72番)。
ここから、それぞれの天使は完全な人間の形をしている(73–77番)。
このことは主の神的人間性からである(78–86番)。
そしてさらに、人間のすべてのものと天界のすべてのものの対応についての章の中に(87–102番)。
地のすべてのものとの天界の対応について(103–115番)。
また天界の形について(200–212番)。
[3]この創造の秩序から、最初のものから最後のものまで、同時に一つのものを構成すると見られ、その中で前のものは後ろのものから分離されることができ、原因から結果が、霊界から自然界があるように保つような結びつきがあることを明らかにすることができます。したがって、人類からの天使の天界はなく、天使の天界からの人類もありませんそのために、あるものが他のものに、すなわち、天使の天界が人類に、また人類が天使の天界に相互の働きを行なうように、このように主により備えられています。
[4]ここから、天使の住まいは確かに天界の中にあり、視覚には人間がいる住まいから分離して、しかしそれでも、人間のもとに、彼の善と真理の情愛の中にあります――著作『天界と地獄』の中の、天界の中の空間について扱われている章(191–199番)から明らかにすることができるように、外観から、視覚には分離して見られます。
[5]天使の住まいが人間のもとに、彼らの善のまた真理の情愛の中にあることは、主の次のことばによって意味されます、
わたしを愛する者は、わたしのことばを守ります。わたしの父は彼を愛し、わたしたちはその方のところに来て、その方のもとに住まいをつくります(ヨハネ14:23)。
「父」と「主」によってそこにもまた天界が意味されます、なぜなら、主がおられるところに天界があり、主から発出する神性は天界をつくるからです(著作『天界について』7–12番、また116–125番参照)――そしてまた主の次のことばによって、
パラクレートス、真理の霊が「あなたがたのもとにとどまり、あなたがたの中にいます」(ヨハネ14:17)。
[6]「パラクレートス」は主から発出する神的な真理であり、ここからもまた「真理の霊」と呼ばれます。そして、神的な真理が、そしてまたそれを受け入れるものであるので天使が、天界をつくります(主から発出する神性が神的な真理であり、ここから天使の天界があることは、著作『天界と地獄』126–140番参照)。
似たことが主の次のことばによってもまた意味されます、
神の王国はあなたがたの內部にあります(ルカ17:21)
[7]「神の王国」は、神的な善と真理であり、それらの中に天使がいます。人間のもとに天使と霊たちがその情愛の中にいることが、私のもとに彼らが居合わすこととその住まいから、私に千回も見ることが与えられました。しかし、天使と霊たちはどの人間のもとにいるか、人間も自分のもとに天使と霊たちが一緒に住んでいるのか知りません、というのは、このことを主だけが知り、配置されるからです。
一言でいえば、善と真理のすべての情愛が天界の中に拡大し、そこの似た情愛の中にいる者との伝達と結合があります。また、悪と虚偽のすべての情愛が地獄の中に拡大し、そこの似た情愛の中にいる者との伝達と結合があります|霊界の中で情愛が拡大するのは、自然界の中に見られるのとほとんど似ています。どちらの場所にもほとんど似た伝達があり、それでも相違があって、自然界の中には対象物がありますが、霊界の中には天使の社会があります。
[8]これらから、天使の天界と人類に、一方がもう一方から存続するような結びつきがあること、また人類なしの天使の天界は基礎なしの家のようであることが明らかです、なぜなら、その中に天界は終結し、その上に休むからです。
これらのことは、個々の人間自身のもとでもそのようです。彼の思考と意志のものである霊的なものは、彼の感覚と行動のものである自然的なものの中に流入し、そこで終わり、存続します。人間は、これらのものもまた授けられないなら、すなわち、これらの限界または最外部のものなしであったなら、彼の霊の思考と情愛のものである霊的なものは、制限または土台がないもののように崩壊します――
[9]人間が自然界から霊界に移るとき、それは死ぬときに生じ、同様になります。その時、霊であるので、自己の基礎の上でなく、人類である共通の基礎の上に存続します。
天界のアルカナ(秘義)を知らない者は、天使は人類なしに存続し、天使なしに人間が存続する、と信じてしまうかもしれません。しかし、私は天界についてのすべての経験から、また天使とのすべての会。話から、「天使または霊は、人間なしにだれも存続しない。人間は、霊と天使なしにだれも存続しない。相互の往復する結合がある」ことを断言できます。
これらから、人類と天使の天界は一つのものをつくっていること、それ自体から相互にまた交替に存続すること、このように一方はもう一方から取り除かれることができないことを初めて明らかにすることができます。